2025年1月号(No. 650)バックナンバー

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2025年のASEAN域内経済見通し

SUMITOMO MITSUI BANKING CORPORATION
Economist

阿部 良太

2024年のアジア新興国経済は緩やかな拡大を続けたものの、国ごとにその拡大ペースやモメンタムは様々であった。例えば、インドネシア経済は年後半から減速感が強まった一方、2023年に景気が減速したベトナム経済は同時期に景気拡大が加速した。日系企業の観点から関心の高いタイ経済は緩慢な拡大が続く。

アジア新興国経済に影響の大きな中国経済は総じて期待が先行してきた。また、9月下旬以降、当局は一連の刺激策を発表し、一時的な期待感が更に高まった。ただ、本稿執筆時点ではその期待を裏打ちするほどの実体経済の改善は統計上確認できていない。中国経済の内需の落ち込みが長期化すれば、そのインパクトは特に東南アジアに強く波及する可能性が高い。

国際金融市場に目を転じれば、2024年11月5日に実施された米国大統領選挙や米連邦準備制度理事会(FRB)の動きに関心が集まり、米ドルは大きく上下した(図表1-1)。トランプ前大統領が当選し、次期米大統領に就任することが決まって以来、国際金融市場では米国でインフレが再加速するとの懸念が強まっている。

 

日本経済は緩やかな景気拡大が続くほか、インフレ率も2%近傍での推移が続いている(図表1-2)。国内においては政治の不安定性が懸念される一方、少なくともマクロ経済的には日本銀行の想定した通りに日本経済は拡大を続けており、淡々とした利上げを続けられる環境が続きそうである。

本稿ではグローバル経済や国際金融市場をまず展望し、外部環境の変化やリスクを指摘したのち、東南アジア・インド経済を展望したい。

 

【グローバル経済の展望】

2025年も米国経済は力強い経済成長が続くと予想される。当行は米国の実質GDP成長率について、2024年に前年比2.7%増、2025年および2026年をそれぞれ同2.0%増、同2.2%増と予想している。FRBの予想に基づけば、米国経済の長期的な経済成長率の水準は1.8%前後2とみられ、ここ数年は相対的に高い成長率が見込まれるといえる。

その背景として、タイトな労働市場ならびに緩やかな金利低下が指摘される。当然、金利低下の背景には米国におけるインフレ率の低下がある(図表2-1)。FRBは2024年9月に50bpsの利下げを実施、続く11月にも25bpsの利下げを実施した。12月の利下げも加味すれば、2024年の利下げ幅は合計100bpsに及ぶ。当行の予想では、2025年には追加で75bps、2026年にも50bpsの追加利下げを予想している3

また、労働市場もタイトな状態が続いている。失業率は4%台前半で推移しており、強い上昇を示唆する動きではない。また、図表2-2に見られる通り、物価の伸び勘案後の平均時給の前年比の伸びは2023年以降プラスで安定的に推移している。つまり実質的な所得の伸びはなお強い。同様に小売売上高の統計も堅調な伸びが続いている。総じて、米国経済の牽引役である国内消費に関して、差しあたっての大きなリスクは見当たらない。

2025年以降の米国経済を展望する上で次期政権の政策運営を把握しておくことは極めて重要である。次期トランプ政権が実施する予定の政策で目を惹くのは、所得税および法人税の減税ならびに高関税の賦課、移民抑制の動きである。所得税の減税策は消費者の購買力の改善に繋がる。高関税の賦課が米国経済に対する悪影響を及ぼすと懸念する向きが大半ではあるが、実際に「何をどこまでいつ行うか」はトランプ政権と他国とのディール次第、というところに含みを持たせており、不透明性が非常に高いと言わざるを得ない。

これは筆者の邪推の域を出ないものではあるが、高関税を賦課することは明らかにインフレ的である。今回の大統領選挙においても経済、特に物価の高さが論点となったことを踏まえれば、いくら対中強硬姿勢を貫くとはいえ「米国第一」の御旗に結果的に反する政策となり得るのは自明の理であって、幾分ディールを経て、米国の消費者に対しても、またグローバル経済に対しても、過度な重荷にはならないのではないかと考えている。むしろ、各種政策や対米投資の増加を背景とした好景気による更なる需給の引き締まりが、インフレを本質的に再加速させるシナリオの実現可能性が過小評価されているように思える。

他方、中国経済に対してはやや悲観的な目線がなお漂う。2024年9月以降に当局は一連の刺激策を打ち出し、先行きの期待感から株価は大きく上昇した。それでも、その後に出てくる統計はその期待を満足させるほどのものではなく、中国経済の回復はあったとしても「一時的」との評価が足元は定着しているように見受けられる。当行は2025年の中国経済の実質GDP成長率が前年比4.8%増になると予想している。他方、インフレは同1.1%上昇に留まり、低インフレは定着しそうである。足元、中国経済が一時的であれ回復基調を強める否かという点において、筆者は2つの点を注目している。1点目は、不動産市況が改善に向かうかどうかという点である。具体的には、新築住宅価格の前月比の伸びが安定的にプラスに転じていくかどうか、という点にある。足元の総需要の弱さ、換言すれば消費の弱さは不動産市況の悪化による逆資産効果は無視できないはずである。2点目は小売売上高の動きである。2024年11月の小売売上高は前年比3.0%増と予想(同+5.0%)を下回っている。

ここのところ、生産サイドはほぼ予想通りに増加しているが、小売売上高はそうではない5。マクロ統計を見る限り、2022年過ぎから中国はアジア諸国に対して純輸出国に転じている。つまり、国内の過剰生産分がアジアに流れている。一部では中国企業との競争激化、マクロで見ればディスインフレ的、もしくはデフレ的な圧力をもたらしている。したがって、東南アジアの視点から見た場合、2025年には中国経済の消費が好転するかどうかが最も重要なポイントになる。景気拡大のモメンタムが後退しつつある中、公的部門の姿勢が重要になる。

2024年12月に開かれた政治局会議において、「より積極的なマクロ政策を実施し、国内需要を拡大」させ、「不動産市場と株式市場を安定させる」と明言した。また財政政策および金融政策スタンスも一段と緩和すると発表している。続く中央経済工作会議では財政赤字の拡大、国債発行の増加、更なる利下げ、流動性の更なる供給など、消費の改善に重きを置く具体策がみられた。本稿執筆時点でこの具体的な効果を統計的に把握することはできないが、2025年前半において、マクロ統計の改善が見られるかどうかには十分注意しておきたい。

中国景気の低迷は10年利回りにも表れている。10年国債利回りは潜在成長率、期待インフレ率、リスクプレミアムといった要素に分解できる。足元、日中の利回りの差は縮小している。日中のインフレの差に基づけば、主として期待インフレの差が反映されているといえよう。インフレ率が経済の体温だとすれば、日本の経済の体温は緩やかに上昇している6

インフレのほか、名目・実質ともに賃金は緩やかに上昇が続いている。過去2年においては春闘における賃金上昇率の幅が拡大したのは記憶に新しい。コロナ禍からの回復に加えて円安が進行したことも後押しし、非金融企業の利益は大きく増加した。それが原資となり、賃上げが実現されている。足元、一方的な円安局面は終焉したとはいえ、先行きのレンジ水準としては1ドル140-155円あたりを上下する展開が続くと見られる。人手不足も相まって賃金の伸びは続く可能性が高く、また企業の価格転嫁も進んでおり、全体的なインフレ圧力は需給両面に残るとみている。

日銀推計7によれば、自然利子率は-1.0%から+0.5%であり、インフレ率が2%との前提を置けば、名目中立金利は+1.0%から+2.5%となる。当行は2026年に向けて日銀が1.00%まで政策金利を引き上げると予想している。米国が金利を徐々に引き下げていくなか、日銀は金利を引き上げていくことになる。日米金利差は縮小に向かうが緩やかであるとの想定のもと、ドル円の下落ペースも緩やかになると予想している。

 

【東南アジア・インド経済】

東南アジア経済は緩やかな輸出の回復が進む一方、国内経済の回復基調は区々である。製造業PMIの変化は各国の景況感の変化を把握する一助となる。図表3-1に見られる通り、インドネシアは2024年7月に好不況の節目である50を下振れて以降、6カ月連続で50を下回っている。他方、フィリピンの過熱感が目立つほか、ベトナムの景況感も緩やかな改善基調が続いている。また、インドの景況感の良さは過去12か月続いてきた。

また、図表3-1では目立たないものの、図表3-2に見る通りにマレーシア経済は安定的な民間消費に加えて、半導体関連やデータセンターなど民間投資が好調であることを受けて、足元は予想対比、成長率の上振れが続いている。例えば、第2四半期の実質GDP(速報値)は市場予想が前年比4.7%増だったところ、実際は同5.8%増であった。その後の2次改訂で同5.9%増へと上方修正が加えられている。内需の強さの代理変数としては、自動車販売台数の観点からもマレーシアはタイ・インドネシアと比較して関心を集めることが多い。

タイ経済は低空飛行が続いた。図表3-3に示す通り、2019年の実質GDPの四半期平均を100とした場合、2020年に各国大きく下落したのち、緩やかな回復が続いてきたものの、タイだけはその回復のペースが鈍いことがわかる。観光業に依存した経済構造であったことでコロナ禍がもたらす悪影響の程度が大きかったことに加えてそれが長期化したこと、その間に家計債務(GDP比)が10%pt程度増加したところへ、グローバルな利上げ局面が到来し、タイ中央銀行(BOT)が2.50%まで金利を引き上げたため、金利負担が増大した。個人向け融資の不良債権比率が上昇し始め、金融機関は与信姿勢の厳格化へと舵を切った。

政局の不安定性も海外投資家の投資意欲を削いだ。2024年8月にセター首相が過去の閣僚人事について政治倫理規定に違反するとして憲法裁判所が同首相に解職命令を下し、タクシン元首相の娘であるペートンタン氏が新首相に選出された。新首相の元、景気刺激策の一環として一部の国民に対して1万バーツを配布するデジタルウォレット政策を実施した。この政策は第2弾が予定されている8ほか、民間債務の一部免除なども発表されており、景気拡大に対する重石は徐々に取り除かれつつある。ただ、斯かる構造的な論点は一朝一夕に解決するものでもなく、BOTも利下げに対しては慎重であることを踏まえれば、2025年の景気拡大も緩慢なペースが続くと慎重に見ておくべきであろう。

構造的な問題が露呈し始めたのはタイだけではない。インドネシアの研究機関のペーパーによると9、インドネシアではコロナ後に総人口に占める中間層の割合が減少している旨が指摘された。もっとも、中間層の議論については定義が一様ではないことや、データの制約などがあることにも留意したい。当該分析によれば、中間層が減少し、支出の観点から定義される一つ下の層の割合が増加した。

足元、インドネシア中央銀行(BI)は政策金利を6.00%としている。BIの最重要目標はルピア(IDR)の安定である。米国は好景気が継続しているほか、それが長期化する可能性も高い他、インフレが再燃する懸念さえ燻っている。上述の通りにFRBは利下げに慎重にならざるを得ず、USD高が長期化する懸念が現実味を帯びる。10インドネシアの視点からはBIの利下げに対するハードルが高まる結果になる。タイ経済との類似性として、景況感の悪化と一部での不良債権比率の上昇を受けて金融機関は与信態度を厳格化させている。平たく言えば、経済の血液である資金の巡りが悪い。インドネシアは景気が循環的に減速しつつある中で、データに制約はあるものの中間層の割合低下、換言すれば貧富の差が拡大しているという構造的な問題も台頭してきた可能性がある。大きな景気減速は今のところ想定していないが、かといってポジティブな材料も見当たらない。

景気循環的な減速はインドでも確認できる。若年層の雇用不足の問題や貧富の差が拡大している(農業従事者の所得の伸びは殆ど横ばい)という構造的な問題は未解決のままであることには十分留意しながらも、足元生じている景気循環的な減速は主として生産調整に起因するものであると指摘しておきたい。斯かる小幅な調整局面が年前半は続く可能性があるとみているが、来年に亘って景気が大きく減速するとは想定しておらず、アジアの中でも高めの成長率が続くとみられる。

インドに対するリスクは次の2点である。1点目は金融リスクである。銀行貸出の伸びが極めて強い状況が続いてきた中で、インド準備銀行(RBI)もその無法図な融資拡大による銀行の資産悪化に対する警鐘を鳴らし続けてきた。何かのショックで金融セクターがリスクを取れないと判断し始めると、その悪影響は比較的速やかに金融業界のみならず融資の厳格化というパスを通じて実体経済にも及ぶ。2点目は株価の低迷である。足元でこそ落ち着いてきたものの、融資の伸びの高さに比して預金の伸びが低く、金利上昇圧力を生んでいた。特に、個人投資家が金融機関から融資を得てレバレッジをかけていたと指摘する向きも多い。特に、インド株式市場は2024年半ばごろまでは上昇基調が極めて強かった。中国の刺激策が9月にアナウンスされるとグローバルな資金はインドから中国へ向かった可能性が高く、振り返ってみれば8月頭以降、インドの株式市場は一進一退で足踏み感が強い。仮に中国経済が復調の勢いを強め、インド経済の循環的な減速が想定よりも長期化した場合、インド市場からの更なるアウトフローが懸念される。これは単なるアウトフローというよりかは、レバレッジをかけていた個人投資家に対する悪影響の方を気にすべきである。端的には逆資産効果が働くからである。

次期米国大統領が「関税」を武器に対米黒字の大きな国々に対して圧力をかけ始めているのは周知の事実である。2024年11月に公表された米財務省の報告書によれば、アジア域内では中国の対米黒字が2470億米ドルと突出しているが、ベトナムも1120億米ドルと中国に次いで大きい。GDP比で見た場合の対米輸出金額も26.6%と非常に大きい。本稿執筆の時点でトランプ次期大統領は中国、カナダ、メキシコに対して高関税を課すと予告している12。貿易収支の大きさの観点から言えば、次に焦点になるのはベトナムになるはずであり、国内の緊張感は高い。トランプ次期大統領が予告通りに関税を賦課した場合、ベトナムの実質GDPは0.8%pt程度押し下げられると筆者は試算している。シンガポールは0.6%ptと次いで大きく、その他は0.1-0.3%ptの悪影響が想定される。ただ、サプライチェーンの移管などのポジティブな影響もあるはずで、かつ上述の通りに高関税はディールのための手段に過ぎない可能性も高いので、総じてマイナスの影響は軽微か、生産移管の進み具合によってはプラスの影響も期待できる。

ベトナムに関しては米国大統領の施策の影響を除けば、国内経済は輸出主導で回復基調が高まっているほか、低迷が続いた不動産市況にも回復の兆しが見える。国内消費はまだ弱さが残るとはいえ、輸出主導で回復が進めば消費の回復も勢いづく可能性が高いとみている。図表3-4に示した通り、米国側の不透明性は強いものの、ベトナムの景気拡大は増勢を高めると予想している。

 

総じて、アジア新興国の景気動向は斑模様となっている。米国の次期大統領の政策による不透明感も高く、かつ国際金融市場の動きも不透明な中、実体経済ならびに国際金融市場の混乱を通じた悪影響のパスがそれぞれ想定される。前者は緩やかに影響が広まる性質である一方、後者は影響が速やかにかつ広範囲に及ぶ点に注意したい。このような局面で重要なのは、幾つかのシナリオを想定して準備しておく、ということである。そのためには幅広い情報収集や頻繁な状況のアップデートが肝要となる。本稿がその一助となれば幸いである。

 

(2024年12月19日時点)

1 米ドルの主要国通貨(EUR, JPY, GBP, CAD, SEK, CHF)に対する米ドル(USD)の動きを示す。米ドルインデックス(DXY)が上昇すれば、USDが上記主要国通貨に対して上昇したことを示す。

2 2024年12月17-18日に行われたFOMCで発表されたFRBメンバーの見通しにおけるLonger-runの中央値。

3  2024年12月16日時点での予想。

4 フェデラルファンドレート。FRBが誘導目標とする金利。

5 例えば2024年12月16日に発表された11月小売売上高は前年比3.0%増に留まり、市場予想の同5.0%増を大きく下回った。

6  例えば11月の中国消費者物価指数は前年比0.2%上昇に留まるが、日本は10月分で同2.3%上昇した。

7  日本銀行(2024)「自然利子率の計測をめぐる近年の動向」

8 The Diplomat (November 20, 2024) “Thailand to Begin Phase 2 of ‘Digital Wallet’ Stimulus in January

9 LPEM FEB UI / Universitas Indonesia (2024) “Indonesia Economic Outlook Q3-2024

10  2024年12月17-18日に開かれたFOMCでパウエルFRB議長は「我々は金利調整プロセスの新たな段階に入った」としたほか、インフレ見通しも上方修正されており、2025年の追加利下げに向けたハードルは以前に比べて高くなった。

11 2024年12月16日時点での予想。

12  NHK (2024年11月26日)”トランプ次期大統領 メキシコ・カナダ・中国製品に関税 表明

目次

<新年にあたって>


<部会長のご挨拶>


<経済展望>


<広報委員会から>


<編集後記>


執筆者経歴

阿部 良太(あべ りょうた)

三井住友銀行アジア・大洋州トレジャリー部 エコノミスト。1987年大阪府生まれ。

神戸大学大学院国際協力研究科修了(経済学修士)。2013年株式会社三井住友銀行入行。

日比谷法人営業第三部を経て、市場営業統括部に着任、主としてアジア経済・金融市場の分析業務に従事。

2018年11月よりアジア・大洋州トレジャリー 部に着任。ASEANに加えて豪印を舞台に講演等を行う。

シンガポール日本商工会議所

10 Shenton Way  #12-04/05 MAS Building  Singapore 079117
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