2025年4月号(No.653)バックナンバー

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保険を活用したサービス・顧客体験の進化

FINATEXT LTD.
Business Development

鈴木 優斗

はじめに

保険業界では、最近Embedded Insurance(エンベデッドインシュアランス、組込型保険)というワードがトレンドになっています。Embedded Insuranceとは、サービスと一体の顧客体験として消費・行動文脈の中で保険を提供する仕組みを指します。

例えば、航空券を予約するときに決済画面においてオプションとして旅行保険に加入できます。航空券の購入と同時に保険の申込みができると、入力データをそのまま引き継げるため、個人情報や旅行行程を何度も提出する必要がなくなり、スムーズに保険に加入できるようになります。このように、わざわざ保険会社・保険代理店に出向いたり、別のウェブサイトで手続きをするのではなく、ニーズのあるところに親和性の高い保険商品を自然な導線で利用できるようにする、というのがEmbedded Insuranceです。

人々にとって保険に加入するハードルが高い理由として、手続きが面倒であること、そもそも意識的に利用するものではないことが挙げられます。Embedded Insuranceはこの課題を解決するための新たな顧客体験・販売手法として注目されています。

本記事では、Embedded Insuranceの潮流、Embedded Insuranceのさまざまな活用事例、Embedded Insuranceを実現するテクノロジーについてご紹介できればと思います。

Embedded Insuranceが注目されている理由

「保険以外のサービスと保険サービスを組み合わせて提供する」こと自体は決して新しい概念ではありません。例えば、家を買ったら不動産会社から火災保険が案内される、車を買ったら自動車ディーラーから自動車保険が案内される、等といったことはこれまでも行われてきました。

しかし、商取引が大きく変化し、オンラインプラットフォームの普及により人々の消費・行動がデジタル上で行われるようになったことから、デジタル上の消費・行動文脈の中でもシームレスに保険を提供しようという動きが活発になってきています。特に東南アジアではデジタル化とEコマースの著しい成長に伴い、Embedded Insuranceの仕組みを通じて保険を提供する機会が生まれています。

Open & Embedded Insurance Observatoryのレポートによると、2023年の世界の保険市場においてEmbedded Insuranceのシェアは約3~5%といわれていますが、10年後の2033年には全体の約15%、総収入保険料(GWP)にして約1.1兆ドルを占めるまで成長すると推定されています。

Embedded Insuranceの普及はさまざまなステークホルダーにメリットをもたらすと期待されています。

実際にサービスを利用するエンドユーザー(顧客)にとっては、日常よく利用するサービスの中で自分に合った保険サービスに容易にアクセスできるようになり、必要なタイミングで利用することができるようになります。

新たに保険サービスを提供する事業者にとっては、顧客にとって利便性の高い保険サービスを提供してサービスの差別化を実現し、顧客のエンゲージメントとロイヤルティを高めることができるようになります。保険サービスの提供を通じて、本業だけでは得られなかったデータを蓄積する機会にもなります。また、保険販売によって手数料収入を得られるため、本業以外の新たな収益源をつくることができるようになります。

保険会社にとっては、多くの顧客基盤をもつ事業者との提携を通じて、効率的に新たな顧客層にリーチすることができるようになります。従来の対面での販売手法で新たな顧客層を開拓するには手間や人件費などのコストがかかりますが、既に存在する顧客基盤に対してオンラインで保険を販売することで、効率的に保険サービスを展開することが可能になります。

Embedded Insuranceの活用事例

では、Embedded Insuranceは実際にどのように提供されているのか、いくつか事例をご紹介できればと思います。

  1. Grab Ride Cover(2) (シンガポールなど)

シンガポールに本社を置き東南アジアでライドシェアを中心とした事業を展開するGrabは、保険会社のChubbと提携し、配車アプリ上で乗客向けの保険を複数販売しています。

その一つであるRide Coverは、ピックアップ予定時刻から15分以内に車が到着しなかった場合にクーポンを提供したり、本人と同乗者の事故による傷害等を補償するサービスで、1乗車あたり0.3ドル(約50円)で付帯することができます。

Grabによれば、頻繁にGrabを利用するユーザー(少なくとも1日に1回は利用するユーザー)は多少の割増料金が発生したとしても保険オプションを選ぶケースが多いとのことで、より安心してサービスを利用してもらうことでユーザーのロイヤルティを高めることを狙った取り組みだと考えられます。

また、Grabは2020年から乗客向けの傷害保険を提供していますが、2024年から新たに遅延補償もパッケージされたサービス(Ride Cover Plus)を提供開始しています。GrabとChubbは、ユーザーからのフィードバックを得ながらよりペインポイントを解決する保険商品にアップデートを重ねているということが分かります。

2. Rabbit LINE Pay(3)(タイ)

4,500万人以上のユーザーを擁するタイ最大の決済ウォレットRabbit LINE Payは、インシュアテック企業のbolttechと提携し、アプリ上でさまざまな保険商品にオンラインで加入できるマーケットプレイスを提供しています。

顧客はLINEアプリを通じて自動車保険、バイク保険、海外・国内旅行保険、医療保険、がん保険、住宅保険、傷害保険などのラインナップからニーズに合った保険商品を購入することができ、Rabbit LINE Payを通じて電子ウォレットやクレジットカード、デビットカードで保険料を支払うことができます。

大規模な顧客基盤に対してRabbit LINE Payは既にさまざまな金融サービスを提供していましたが、多様な保険サービスもラインナップに追加することで、ユーザーのロイヤルティの向上と、入金額の増加を狙った取り組みであると考えられます。

4. MobiFone Weather Index Insurance(4)(ベトナム)

ベトナム最大の通信会社であるMobiFoneは、インシュアテック企業のIglooと提携し、MobiFoneが提供する農業アプリMobiAgri上でWeather Index Insurance(天候インデックス保険)を提供しています。

Weather Index Insuranceとは、大雨・洪水や干ばつ等による農業損失のリスクから農家を守るために開発された保険サービスで、一定期間の雨量が閾値を超えた場合、もしくは閾値を下回った場合に自動的に保険金が支払われます。アプリとも連携しており、保険イベントが通知されたり、手続きに必要な書類をアプリ上から提出することができます。MobiFoneの加入者は、MobiAgriアプリの利用権とWeather Index Insurance、その他さまざまなインセンティブが付帯されたパッケージサービスを1日5,000ドン(約30円)で利用できるようになっています。

近年、ベトナムでは季節外れの大雨や長引く干ばつなどの異常気象が急増し、農業への脅威が深刻化しています。そのため、異常気象、特に雨や洪水から農家を守ることが喫緊の課題となっています。

従来の農作物保険は実地に訪れて農作物の損害を評価する必要があり、保険会社に大きな運営コストがかかったり、保険金が支払われるまでに時間を要するといった課題がありました。Weather Index InsuranceはMobiFoneやそのネットワークがもつ衛星データや気象観測データやブロックチェーンの技術を活用して保険金支払を自動化することにより、農家に対して包括的な補償の迅速な提供を実現しています。

このように、非金融事業者だからこそ実現できる新たな保険サービスがEmbedded Insuranceを通じて提供されている事例もあります。

東南アジアにおけるEmbedded Insuranceの活用事例をご紹介しましたが、非金融事業者が本業の自社サービスに保険を戦略的に組み込むことにより、顧客に対して新しい価値を提供するだけでなく、本業への貢献につながるアプローチとなっています。

Embedded Insuranceを実現するための役割とテクノロジー

Embedded Insuranceの実現にあたっては、以下のような3つの不可欠な役割が存在します。

  1. ブランド

顧客との直接的な接点をもち、アプリやウェブサービスを通じて保険以外のサービスを顧客に対して提供している事業者を指します。新たに保険機能を既存のサービスや製品にシームレスに統合するために、包括的な顧客体験を設計・提供する役割を担います。

  1. ライセンスホルダー

法的に必要なライセンスを保有し、実際の保険商品を組成する役割を担います。Embedded Insuranceにおいてブランドのサービス上で提供される保険サービスは、実際には保険会社やMGAと呼ばれる一部の保険代理店によって運営されています。

  1. イネイブラー

ブランドとライセンスホルダーをつなぐ中間役を担います。イネイブラーは、ブランドが独自のシステム開発やライセンス登録等の負担なく保険サービスを展開できるように、また、ライセンスホルダーが多くのブランドと容易に連携できるように、さまざまなテクノロジーを用いて後方支援しています。

 

Embedded Insuranceの本質は、従来ライセンスホルダー内部で行ってきた業務プロセスを、外部のブランドと緊密に連携しながら行うという点ですが、旧来のライセンスホルダーの業務システムでは複数の外部システムと連携して金融サービスを提供するということに困難を伴っていました。

例えば、業務システムが密結合でつくられており、外部システムとのデータ連携に要する開発工数が膨大となってしまう、といった課題があり、また、その開発が外部サービスとの連携毎に発生するため、個々のサービスの要求に応じたカスタマイズに対応することが現実的ではありませんでした。これらの障壁により、巨大なブランドとの連携のような多大な収益が見込める場合を除いては、ライセンスホルダーがシステム連携を前提としたパートナーシップを進めることが困難な状況でした。

こうした課題を解決してEmbedded Insuranceを実現するための新たなテクノロジーを提供するイネイブラーという役割を担うインシュアテック企業が増えています。 例えば、イネイブラーがもつ技術の一つにAPI(Application Programming Interface)というテクノロジーがあります。APIとは、異なるシステムやアプリケーション間でデータや機能を共有するための標準的なルールや手順を定めた連携の仕組みです。

Embedded Insuranceにおいては、ステークホルダー間で保険商品情報(保険料や補償内容、加入に必要な項目など)やユーザーの加入状況などのデータ連携が必要となります。Embedded Insuranceにおいては多くのステークホルダーが登場し、システムが複雑になってしまう傾向がありますが、APIを活用することで、異なるシステム間のデータ連携を標準化し、効率的かつ安全な通信を実現しています。

また、従来のシステム間連携の方式では、大量データの定期的な共有には適していたもののリアルタイムなデータ連携を行うには多大な時間とリソースが必要でしたが、APIの登場により、低コストで外部システムとのリアルタイム連携が可能となったことで、Embedded Insuranceの普及を後押ししています。

一方で、従来のライセンスホルダーが歴史のある基幹システムにおいてAPIを新たに開発することは非常に困難を伴うことから、保険業務に必要な機能、あるいは保険業務そのものまでワンストップで提供するインシュアテック企業が増えています。

おわりに

本記事で紹介したように、さまざまな業界での活用事例が示す通り、Embedded Insuranceは単なる保険の提供にとどまらず、顧客との関係を深め、ビジネスの差別化を図るための強力な手段となり得ます。特に東南アジアのような急成長市場においては、デジタルプラットフォームを活用した新たなビジネスモデルが次々と登場しています。

我々もインシュアテック企業として、今後もこの分野の動向を注視しながら、保険を活用した新たなサービス・顧客体験づくりを後押ししていきたいと考えております。

目次

<特集>


<編集後記>


執筆者経歴

鈴木 優斗(すずき ゆうと)

yuto.suzuki@finatext.com

2016年東北大学文学部卒業後、東京海上日動あんしん生命保険株式会社に入社。約5年間生命保険のアンダーライティングおよび事務企画業務に従事。その後、本社にてマーケティング・営業、人事、バックオフィス部門の予算管理業務を経験し、2021年11月に株式会社Finatextに入社。現在はSaaS型デジタル保険基幹システム「Inspire」と少額短期保険事業の推進を担当。

シンガポール日本商工会議所

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