従来、ASEANの地政学リスクといえば、南シナ海の情勢不安やミャンマー情勢などが挙げられることが多かったが、近年では米中対立の影響が顕在化している。特に、域内における中国の影響力の高まりを、リスクとして捉えるべきかチャンスとして受け止めるべきか、賛否両論が交錯している。本稿では、ASEANの地政学リスクを大きく押し上げる要因となった米中対立の背景と、その影響について解説する(なお、本稿は2024年11月末の情勢に基づいている。)
執筆日:2024年12月1日
1.米国側の論点
トランプ氏の再選と自国第一主義の外交政策
地政学的な観点から今後の展望を考える上で、両国の立場に立ち、それぞれ考えられる論点を挙げていきたい。まず米国の立場として挙げられるのは、政権交代である。11月4日(現地時間)に行われた大統領選挙は、過去最も拮抗した選挙との下馬評があったが、結果として、6日時点で激戦州7州すべてでトランプ氏が勝利を収め、圧勝となった。これにより、米国はトランプ氏の下で共和党政権へと移行することになり、経済・外交の両面で大きな転換点を迎えるであろう。
トランプ氏が掲げる政策は図表1のとおりである。特に、その目玉政策の一つとして対中関税の引き上げが挙げられ、バイデン前政権と同様に対中強硬姿勢を継続する意向がうかがえる。ただし、両者の違いとして、バイデン政権が経済安全保障を主眼としていたのに対し、トランプ政権は「自国産業強化・貿易赤字解消」を重視している点が挙げられる。そのため、トランプ政権下では対中関税にとどまらず、日本や欧州を含む対米貿易黒字国にも関税を賦課する意向を表明している。外交面では自国第一主義を掲げ、バイデン政権下で強化されていた世界の警察としての役割から一歩引く姿勢が見られ、トップ同士の外交を軸にした国際関係の構築を重視している。これは、前民主党政権による集団安全保障の概念から離れ、同盟国への負担増や力による平和の確保を志向する現実主義的外交が展開されるとみられる。
なお、1期目のトランプ政権でのASEAN政策を振り返ると、その要は同国の「インド太平洋戦略報告書」における中国脅威論と、その秩序への対応としてのASEANとの協力が挙げられる。この中で特に利益を享受した国として挙げられるのはベトナムであり、トランプ氏もベトナムへの訪問を実施し、エネルギー関係などの大規模投資を呼び込んだ。この傾向はバイデン政権にも引き継がれたといえる。しかし、トランプ氏のASEAN外交は、アジア太平洋を最も重視していたバイデン政権とも、オバマ政権時代の外交方針である「理解ある関与」でもなく、対中戦略の補助としての位置づけが強かったといえる。特定国を除くと、必ずしもASEAN各国にとって望ましい形でのものではなかった。これについては、トランプ氏2期目においても考慮すべきポイントであり、留意が必要であろう。