2025年4月号(No.653)バックナンバー

HOME月報概要東南アジアにおけるブロックチェーン:革新的技術と金融変革の最前線

東南アジアにおけるブロックチェーン:革新的技術と金融変革の最前線

SONY BLOCK SOLUTIONS SINGAPORE PTE LTD
Director

小林 浩太

はじめに

最近「ブロックチェーン」という言葉をニュースで見かけることが増えていませんか? では、一体ブロックチェーンとは何なのでしょうか?

簡単な言葉で表すと、ブロックチェーンは情報を安全かつ透明に保存・共有できる技術です。イメージとしては、オンライン上にあるデジタル台帳(ノート)を想像してください。すべての取引やデータは「ブロック」として記録され、それらのブロックが鎖のようにつながっていきます。一度ブロックチェーンに情報が記録されると、その後は、簡単には変更や改ざんができません。このため、所有権の追跡や取引の検証が必要な場面において、信頼性の高い記録が保持されます。ブロックチェーンは暗号資産(例えばビットコイン)の基盤技術として有名ですが、その可能性は暗号資産に止まらず、サプライチェーンの追跡、デジタル契約の強化、公的サービスの透明性向上など、既にさまざまな分野で活用されています。

急速な経済成長、高いモバイル普及率、そして多くの「unbanked(銀行口座を持たない)」人口層を抱える東南アジアでは、ブロックチェーンが重要な課題を解決しながら、新たな革新の扉を開いています。

東南アジアにおけるブロックチェーンの使われ方の例

その一例が分散型金融(DeFi) です。従来の金融システムとは異なり、DeFiはインターネット接続さえあれば誰でもアクセスできるため、銀行口座を持たない数億人の人々にとって重要な金融サービスとなります。DeFiプラットフォーム上では、個人が直接資産を貸し借りしたり、貯蓄したり、取引したり、投資したりできるため、金融の民主化を後押ししています。

とりわけ、フィリピンやインドネシアでは、DeFiが銀行を利用できない人々の金融アクセスを向上させています。例えば、海外で働く労働者は、従来の送金サービスよりも低コストで家族に資金を送ることが可能になります。またUSD建てでの金利を稼げる商品や、AIといったテーマでの投資が従来できなかった人々が、暗号資産を通じて資産形成をする道がDeFiにより開かれています。こうした資産は、個人自身が鍵管理をする財布(wallet)に記録されるため、当局による恣意的な没収といったリスクから守る事が可能です。また、ステーブルコイン(通常の通貨からの価格乖離が小さい暗号資産)は、海外で働く労働者にとって、送金をより迅速かつ低コストにする革新的な手段となっています。さらに、実体資産(Real World Asset)のトークン化 により、不動産のような高額資産への投資が一般市民にも手の届くものになりつつあります。

各国政府や規制当局も、この技術の可能性を活かすために積極的な取り組みを進めています。シンガポール、インドネシア、フィリピンなどの国々では、イノベーションを促進しながら利用者を保護するための規制枠組みを整備しています。企業もまた、効率性向上、透明性強化、デジタルエンゲージメントの促進にブロックチェーンを活用しています。ブロックチェーンは、中央管理者なしに取引を実行できるという特性を持つため、金融の安定性、詐欺防止、消費者保護といった課題も浮かび上がります。そのため、各国政府は暗号資産取引所の規制を整え、デジタル資産の成長を支援し、公共サービスへのブロックチェーン導入を推進しています。

こうした動きの中で、東南アジアはブロックチェーン技術を活用した革新の世界的リーダーとしての地位を確立しつつあります。金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)の促進から経済成長の加速まで、ブロックチェーンは多方面で社会に影響を与えています。送金の利便性向上、貿易の簡素化、新たな投資機会の創出など、ブロックチェーンは未来の技術であるだけでなく、徐々に現実の世界を変えつつあります。

東南アジアにおけるステーブルコイン

ステーブルコインは、米ドルやユーロなどの法定通貨、あるいは金のような商品に価値を連動させることで、安定した価値を維持することを目的とした暗号資産の一種です。他の暗号資産と異なり、価格変動が比較的少なく、日常の取引や価値保存の手段として適しています。ステーブルコインの安定性は、裏付けする担保資産を持つこと、あるいは、担保が暗号資産の場合には担保の割合を増やすこと、または供給量を調整するアルゴリズムを導入することなど、さまざまな仕組みによって実現されています。

ステーブルコインは、東南アジア含むAPAC地域の金融環境に大きな影響を与えています。例えば、銀行インフラが未整備な地域において、デジタル金融サービスへのアクセスを提供し、より多くの人々が経済活動に参加できるようになります。ステーブルコインを活用することで、従来の方法よりも迅速かつ低コストで国際送金が可能になります。個人の利用により家計が改善され、地域経済の活性化にもつながり、企業としても、ステーブルコインを活用することで銀行サービスが提供されないような地域に立地している場合でも、為替リスクを抑えながらシームレスな取引を実現できます。特に通貨の変動が激しい国々では、ステーブルコインが安定した決済手段や価値保存の手段として機能することで、インフレによる影響を軽減することにつながります。

シンガポールを中心とした最新の動向と市場トレンド

シンガポールでは、近年、暗号資産取引を行う個人投資家を保護するための仕組み作りを強化しつつも、金融法人や事業法人によるステーブルコインの活用について後押しするためのルールの整備や事業会社との実験を継続しています。

・2024年7月、Paxosはシンガポール金融管理局(MAS)からステーブルコインサービスの提供するための当局承認を獲得。DBS銀行との提携を通じて、安全で規制に準拠したステーブルコインの提供を始めています。

・2024年11月、StraitsXはGrabやAnt Internationalと協力し、ステーブルコインを活用したブロックチェーンベースの国際送金の仕組みの実験検討を開始しています。

実体資産(Real World Asset)のデジタル化

不動産、コモディティ(商品)、アートなどの実体資産(RWA)のデジタル化は、資産投資や資産の所有を行う際のビジネスモデルを根本的に変革し得ると言われています。デジタル化はトークン化というプロセスを経て行われます。すなわち、ブロックチェーン上にデジタルトークンを作成し、実体資産の所有権を反映させるようにします。一つ一つのトークンは資産全体の一部を構成しているため、実社会にある高額な資産への投資機会を、より多くの人々に提供することにつながります。

では、より細かく、どのようにトークン化が行われるかを見て行きましょう。はじめに、不動産やコモディティなど対象資産が選定され、その資産の所有権について、法的枠組みが整えられます。この後、ブロックチェーン上にデジタルトークンが生成され、改ざんがほぼ不可能な形で記録されます。このトークンは、プラットフォームを通じて投資家に販売されるため、多くの参加者が購入することができます。販売後は、スマートコントラクト(事前に決めた条件に基づき、それを満たした場合には自動的に契約が実行されるプログラム)により、配当支払い・所有権移転などの管理業務が自動化され、管理コストの削減と効率化が図られます。

トークン化が行われると様々な便益がもたらされると言われています。まず、不動産やアートなどの高額資産への投資が、少額から可能になります。投資ハードルが下がること、また、トークン化されているため、ブロックチェーン上で容易に売買可能となります。また、従来の所有権と異なり、トークン化された資産はブロックチェーン上で容易に売買可能となり、流動性が向上します。更に、ブロックチェーンにより、所有記録が改ざん不可能となり、不正行為や紛争リスクが軽減され、透明性・安全性が向上します。投資のハードルが下がることで、より多くの人々が資産形成に参加できるようになります。

上述のようなメリットは考えられるものの、東南アジアでのRWAの展開は、まだ始まったばかりで、普及までには時間が掛かるものと思われます。まずは一部の国で規制改革が進みつつあります。タイでは、証券取引委員会(SEC)が規制を緩和し、不動産担保型トークンのICO(イニシャル・コイン・オファリング)に一般投資家が参加できるようになりました。タイでは、Real X社がコンドミニアムをトークン化しタイの投資家に販売をする事例が出てきていますが、このような投資形態が、事業としての経済採算性が確保できるようになるまでには、時間を要しそうです。

結論:東南アジアにおけるブロックチェーンの役割

ブロックチェーンは、単なるツールではなく、産業を変革し、社会をエンパワーメントする技術へと進化する可能性を秘めています。金融包摂の拡大、送金の迅速化、投資の民主化など、東南アジアの経済発展において欠かせない存在となってきています。

目次

<特集>


<編集後記>


執筆者経歴

小林 浩太(こばやし こうた)

大学卒業後、日本銀行などを経て2008年にソニー株式会社入社。財務部投資アドバイザリーグループ、英国Sony Global Treasury Services Plc出向などを経て、2023年8月より渡星し、当社にて、企業が安心して安全に利用できるブロックチェーンインフラの提供を目指し、企画・開発を推進中。コロンビア大修士(MBA)。

シンガポール日本商工会議所

10 Shenton Way  #12-04/05 MAS Building  Singapore 079117
Tel : (65) 6221-0541 Fax : (65) 6225-6197
Email : info@jcci.org.sg

page top
入会案内 会員ログイン